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文学のなかの荒物店
風
壺井榮
「大丈夫だよ。結婚したからにはぼく、すぐ仕事さがすからね。」
「わたしも、仕事さがしますわ。ふたりで働いて、ちゃんと暮しましょうね。」
とはいってみても、まともに働いて暮すことより知らぬ茂緒にとっては、目の前の今日を、どうしてしのぐかさえ見当がつかなかった。そこへゆくと、修造の方はてきぱきとことをはこぶ知恵が、つぎつぎと浮かんできた。
「茂ちゃんの着物、ちょっとの間かりようかな。」
それを着るとでもいうのかと思って、ぽかんとしていると、
「質に入れるんだよ。」
茂緒は不明を恥じながら、バスケットから着物を出し、腕時計もはずして添えると、修造は気軽にそれをもって出かけようとする。
「大家さんの質屋にいくんですか。」
「ああ。知らない質屋は、だめなんだよ。」
「でもいやですわ。しょっぱなから……」
「仕方がないさ。ちゃんと暮すためには食わずにいるわけに、ゆくまい。」
出かけたあと、がらんとした部屋の中で、茂緒は畳にしがみつくようにして泣いた。父や母や、妹たちのことが、甘やかな悔の中で思いだされ、涙はとめどがなかった。だが、修造が帰るころをみて、おさめてしまった。しかし、はれたまぶたは、かくしようがなかった。やがて修造は十円になったとホクホク顔で帰ってき、茂緒の顔には気づかないふりで、彼女にそれを渡しながらさそった。
「さ、鍋や釜買いにゆこうよ。」
茂緒は新しい勇気にふるいたつ思いで、家を出た。鍵はあってもかける必要のない玄関をふりかえり、修造のあとについて歩いた。ふしぎな、あふれるような感情が、さっきの涙とむじゅんなくわいてきた。
近くの市場で買物は全部まにあった。まず荒物屋で七輪、土釜、箸、茶碗、バケツ、洗面器、箒、はたきとそろえた。雑巾まで売っている都会の生活にあきれながら、となりの米屋で白米一升を袋に入れてもらい、八百屋により、乾物屋で高野豆腐と切り干大根を買った。煮干を買いながら、ふっと房次の家を思いだしたが、それをふりはらうように修造の方を見た。彼の両手はあふれるほどの買物で、自由をうばわれていた。
茂緒は茂緒でやはり両手に持ちきれなくなっている。買うたびに奥さんといわれ、茂緒はそれにも上気して、疲れていた。
「もう、うちへ帰りましょうか。」
修造はすぐ同意した。そのあとについて歩きながら、茂緒はまた夢のような思いをした。この広い東京に、帰ってゆく家がある。何としても、それはふしぎであった。彼女は修造と肩をならべ、うれしげに言った。
「東京って、やっぱりおもしろいと思うわ。着物と羽織と時計とで、こんなたくさん買物ができるなんて。」
「…………」
「わたし、さっき、ちょっとつらかったけれど、もう後悔していませんわ。」
買物はまだすまなかった。
出典:壺井榮「風」(一部抜粋)
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